坂本桂一氏の「新規事業がうまくいかない理由」(東洋経済新報社)を読んだ。
新規事業の起ち上げには、企業内起業とベンチャー企業設立があるが、この本ではどちらかといえば、企業内起業にフォーカスをあてて書かれている。「後ろ盾や手厚いバックアップ」のある企業内起業のほうが成功しやすく思われるが、実際にはそうでもないと著者は言う。新規事業の成否においては、「モチベーション」と「ハングリー精神」が重要であり、ベンチャーの場合は、モチベーションを「狂気の域にまで駆り立てられる」ことになるが、企業内起業の場合には、そうしたことがないこともあり、新規事業の成功率はベンチャーよりも低くなる傾向がみられるという(同書「はじめに」)。
企業内起業の場合、調査に終始してしまい、チェックリストに挙げられた項目を一通り調査すると、やることは全部やったという気になりやすい。しかし本当はやり尽くしてなどはいないのだ。著者は言う、チェックリストに例えば100項目あるとしたら、「その100項目の中身を、現場を見ながら最低10回は見直す」(p41)べきと。「閉塞感に襲われ、茫然自失として立ち止まる」のではなく、チェックリストの「内容を毎日、深堀してください。それが、ニュービジネス成功のための正しい行為なのです。」(p42)
それでも成功が保障されているわけではない。「意欲とやる気にあふれる人たちが、あらゆる可能性から、もっとも勝てる可能性の高い仮説を時間をかけて選び、スタートした後も試行錯誤を繰り返し、たゆまぬ努力で質の向上を怠らなくても、新規ビジネスの成功確率はせいぜい50%というのが現実なのです。」(p75) それゆえ、新規事業の起ち上げには、覚悟が必要なのだ。この本を読むと自然と背筋がピンとする。新規事業に失敗するパタンも列挙されているが、とても的確に思える。薄い本であるが、中身は濃い。よい本だと思う。
この本には、様々なエピソードが紹介されているが、1965年当時、経営不振に陥っていた東京芝浦電気の再建を手がけた土光敏夫氏と社内の現場担当者のやりとりが特に印象に残った。半導体の歩留まりが7割で3割もの不良品が出ている点を指摘して歩留まり100%を命じる土光氏。しかし現場の担当者はそれを目指せばコストが何倍にもなることをわかっていた。そこで、現場の担当者が取った対応策は「歩留まりの代わりに回路の集積度を上げる」という方法であった。「集積度が二倍なら、一枚のウエハーから二倍の半導体が取れる。そうすれば、歩留まり率が50%だとしても、結果的には元の集積度の半導体を100%の歩留まり率にしたのと同じになる」(p45)。無理難題を解決する柔軟な発想力を持った現場担当者がいたのである。こうした技術者がいたからこそ、東京芝浦電気は、東芝たり得たのだろう。