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かたりの構造

坂部恵氏の「かたり」(弘文堂)より、かたりの構造に触れた箇所を2つ引用させていただく。

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「ものがたりの語り手は、いわば、日常効用の生活世界の水平の時間の流れと直交する、<ミュートス>の遠くはるかな記憶と想像力の垂直な時間の次元の奥行に参入し、二つの次元を行き来しつつかたることによって、共同体の共同性の繰り返しての創出基盤ともなり、またわれわれの心性と宇宙の根底の形成力とのきずなともなるもののうちへとこころを根づかせ、また、世界と人間の生を解釈し、行動の指針をあたえる一連の母型(マトリックス)ないし範型を凝縮された形で提供するというようなこともあるだろう。」

「かたりやふりの世界は、目前日常の効用の世界を離れ超出し、いわばその水平の次元を二重化・多重化し裏打ちする記憶と想像力の垂直の世界の奥行に参入する分だけ、夢の世界に似、一方、それは、つい身近な日常世界の記憶から、ときに通常の記憶を絶したインメモリアルのはるかな時間の記憶までを凝集するその度合いにおいて、目前日常の効用の世界にしばられた生活により深く奥行のある生命の彩りと味わいを加え、ときにまた、記憶と想像力の範型(パラダイム)の膨大な貯蔵庫から、あれこれの目前の行動や決断への指針を提供するものとしてはたらくことにもなるだろう。」

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坂部氏によれば、時間には2つの次元がある。一つは「日常効用の生活世界」「目前日常の効用の世界」の時間であり、それは「水平な時間」の流れる次元である。これは僕らの通常の時間感覚そのものであろう。それに対して、もう一つの時間の次元があるという。それは日常効用の生活世界を流れる水平の時間に「直交する」「垂直な時間」の次元である。

垂直な時間とはどういうものか。坂部氏は「<ミュートス>の遠くはるかな記憶と想像力の垂直な時間の次元」と表現している。ここで<ミュートス>とは、神話と言い換えてよいだろう。日常の時間の流れに視点を置けば、その流れに垂直に交わるのだから、神話の記憶と想像力の垂直な時間は、いわば瞬間においてスパークして光を発する、というイメージを僕は抱く。

そして「ものがたり」「かたり」「ふり」の世界とは、水平な時間の次元と垂直な時間の次元という、この「二つの次元を行き来」する営みとされる。これは「かたり」についての本質的な指摘であると思う。

坂部氏によれば、垂直の世界と日常効用の世界を行き来することによって、日常効用の世界は「二重化・多重化し裏打ち」されることになる。言ってみれば平板な日常の時間に、「ものがたり」「かたり」「ふり」は「奥行」 を与える。より具体的に「かたり」の効用を言えば、①共同体の共同性を創出し、②宇宙の形成力と心をつなぐ絆を与えることで、③日々の生活に生命の彩りと味わいを加え、④目前の行動や決断への指針を提供する。こんな風に要約できるだろう。