デイヴィッド・ケリー、トム・ケリー「クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」を読んだ。
世界的なデザイン企業IDEOの創業者兄弟の著書。彼らが編み出したデザイン思考がどのようなものか、様々な事例とともに紹介されている。デザイン思考とは、「デザインを実践する人々の道具や考え方を用いて、人間のニーズを発見し、新しい解決策を生み出すための手法」(p45)であり、「直感的に物事をとらえ、パターンを認識し、機能的なだけでなく感情的にも意義のあるアイデアを組み立てる、人間の天性の能力を用いる」(p46)とされている。
IDEOでは様々なイノベーション・プログラムを実践しているが、そうしたプログラムにおいては、「技術的要因」に加え、「経済的な実現性」である「ビジネス的要因」、「人間のニーズを深く理解すること」を意味する「人的要因」の3つの交点を見出すことが成功のカギとなる(p37-40)という。まさにその交点を模索することこそが、デザイン思考の重要な部分である。
そして成功するプログラムは、たいていの場合、「「着想」「統合」「アイデア創造/実験」「実現」という4つの段階を含んでいる」(p40)という。この4つのプロセスのうち、「統合(synthesis)」の段階が僕には興味深かった。これは「意味づけ」という課題への挑戦であり、「それまでに目撃、収集、観察してきたすべての物事の中に、パターンやテーマ、意味を見つけ出」す段階といえる。この段階ではいくつかのルールやフレームワークが使われることになる(共感マップやマトリクス)。この段階で目指されることは「問題の枠組みをとらえ直し(リフレーミング)、どこに力を注ぐかを決める」ことである(以上、p42-43)。
情報を収集して、それを統合する、というと問題解決方法を見出すことを意味しそうだが、そうではないのだ。ここでいうところの統合は、問題を設定するために為される。当初の漠然とした問題意識や仮説を明確な問題に高めるのがこの段階と言えるだろう。僕らはともすると、問題解決を急ぐあまり、問題そのものを問うことをせず、事をなしてしまいがちである。しかし何よりも重要なのは、問題を発見することである。問題が良質であればあるほど、問題解決の効果も期待できる。そのことは、ビジネス書の名著である安宅和人氏の「イシューからはじめよ」においても、強調されていることだ。
この本は、クリエイティブでありたい人にとってはバイブルともいえる一冊だが、特に印象に残ったのは、失敗について書かれた箇所である。創造的な人物は失敗などしないように思われがちだが、実際はその逆だという。カリフォルニア大学デービス校のディーン・キース・シモトン教授の研究によれば、「クリエティブな人々は単純にほかの人よりも多くの実験をしている」のであって「最終的に天才的なひらめきが訪れるのは」、「単に、挑戦する回数が多いだけなのだ」という。この研究結果に基づき著者は言う、「これはイノベーションの意外で面白い数学的法則だ。もっと成功したいなら、もっと失敗する心の準備が必要なのだ」(以上p66-67)。そして、シリコンバレーのような「起業家を育む文化では」、失敗は忌避され許されないものではなく、むしろ「建設的な失敗」が称揚されるという。失敗を恐れてはいけないのだ。
これはとても重要な指摘だと思う。僕なりに敷衍して言えば、クリエイティブであるためには、次の条件が必要となるだろう。
1.自分自身が数多くのアイデアを出し得て、企画や試作品を次から次へと生み出せるような分野を選択しなければならない。
2.失敗から学び、修正を加えてチャレンジしなおす柔軟かつ意志的な姿勢がなければならない。
3.何度失敗しても、プロジェクトを継続できるだけの経済的基盤がなければならない。
このうち、3.については、「クリエイティブ・マインド」では特に指摘されてはいないが、クリエイティブな生き方を選ぼうとするとき、実際には最も重要な点だろう。失敗を繰り返しても、食うに困らない基盤をなんとかして確保することができるか?