イタリア デザイン界の巨匠、エンツォ・マーリ(1932年生)の「プロジェクトとパッション」を読む。とても美しい本で、手元に置いておきたい。
ただ、中身はかなり難解で、歯ごたえがある。この本は、技能・技法について説いた本であるが、その一方で思想書でもある。思想というのは、世界認識や歴史認識を前提とし、世界や歴史を把握するためのフレームワークの呈示が重要となる。思想書である本書は、そうしたフレームワークの呈示から入り、その延長線上で、具体的な技法論が語れられる。そのため、技能・技法を学びたいと思って本書に触れた人にとっては、フレームワーク呈示にあたる部分は、迂遠なものと思えるに違いない。
以下自分なりの理解のための読書メモ。
人類はその歴史の最初からものづくりのプロジェクトを行ってきた。しかし、18世紀の終わりから19世紀の初頭にかけて、フランス革命、産業革命、社会主義思想の誕生といった出来事が起こるなかで、デザインのイデオロギーが生まれたという(p9)。ウィリアム・モリスらは、「工業化によって押し進められた労働の細分化という形式に全面的に従うことなく、包括的にプロジェクトをとらえようとする思考」、「優れたプロジェクト」の思想を唱えた。工場の生産ラインにおいて、いわば歯車として機能する労働者のありさまに対して、彼は「手仕事に秘められた可能性を人々が再び手にし、それを豊かに実らせる未来の夢、自然と甘美に戯れる地上の楽園、ユートピア」を礼賛した。そして「新しい道具は本質的に、平等の『普遍性』を実現するために産み出されるべきもので、簡単に廃れることのないかたちを実現すべきである」と考えた。(p15~16)
近代の産業体制に抗して、「理想、平等、変化」を求め、ユートピアを目指すのが、「優れたプロジェクト」である。著者のマーリは言う、デザイナーは「ユートピアと現実という二つの世界を同時に意識しながら仕事を進めることが必要である。」(p23)。デザインは、ユートピア思想と切り離せないものなのだ。
次にマーリは、ものづくりのプロジェクトの構造を分析するために、その根底には3つの文化的地平があることを明らかにする。それは、A生産関係の地平、B自然科学の地平、C表現の地平である。A=生産関係=必要性、B=科学=技術・素材、C=表現=かたちである。その3つの視点に基づき、その相互作用を意識しながら、マーリは、あるべきプロジェクトの在り方について述べていく。
プロジェクトとは、「他者や自分が投げかけた欲求から生まれる、明確な問い(必要)に対する答えである」(p108)。マーリは「必要」というキーワードに基づき、売り手、企業家、労働者、プロジェッティスタなどのそれぞれの「必要」についても論じる。そしてマーリは、「プロジェッティスタと労働者の相互依存性の必要性」を強調し、そこに「総体的な変化がもたらされる」可能性を期待している。(p92)。
本書において、プロジェクトの技能論が集約されているのは、第4章「自然の方法論」であろう。そこには、プロジェクトの、技能論的な観点からの定義が述べられている。曰く「プロジェクトとは、一つのプロセスの限定のなかに巻き込まれ(う)るすべてのものから、何を最優先すべきか、段階を追って突き止めることによって実現するものである。」(p134)プロジェクトの遂行にあたっては、優先順位を決定することが重要ということだろう。最終章で、マーリは、学生に対する具体的な助言を行っている。例えば、かたちを具体的に実現する過程を、マーリは次の4つの通過段階で捉える。
(A)要求されたプロジェクトのための理想のモデルを決める。
(B)モデルAの総体を構成する様々なパーツの理想的モデルを、その製造上の理想的技術とともに定義する。
(C)AとBの理想の実現を拒むマイナスの性質を、重要度を考慮しながら確認する。
(D)AとBとCを照らしあわせ、そこから考えうる妥協案を過程する
とてもわかりやすく、プロジェクトの進め方をイメージできる。
非常に多角的・多面的にプロジェクトを捉えようとしているため、論述も直線的に流れない。しかし、プロジェクトのかたちと情熱をできるだけ明確に捉えようとするマーリの思考は、デザインとか何かを考えるうえで、重要な示唆を与えてくれる。