岩井俊憲氏の「働く人のためのアドラー心理学」(朝日文庫)を読んだ。アルフレッド・アドラーの心理学は、確かに数年前から一種のブームで、記憶では「嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え」(岸見一郎,古賀史健著・ダイヤモンド社 2013)という本あたりがブームの起点だったように思う。以来、ビジネス書のカテゴリーで多くのアドラー本が出版されている。
この本の著者、岩井氏は、長年にわたってアドラー心理学に基づき、企業研修やカウンセリングを実践して来た人で、アドラー心理学のビジネスシーンでの適用を説く上で最適の人と言えるだろう。この本では、プロローグでアドラー心理学の基本がわかりやすく5つのポイントで説明され、続く第1章から働く人が精神的に心掛けるべき8つの習慣が説かれている。
アドラーの心理学は、心を病んだ人を対象とするフロイト、ユングの心理学とは異なり、その「主な対象者は、普通の人々」であり、「ちょっとした仕事の失敗や人間関係のこじれなどが原因で、普段よりも心が疲れてしまった人こそ学び、実践してほしいと、アドラー心理学はつくり出された」(p8)と岩井氏は言う。
アドラーは兄と比べ、大変に身長が低く、その劣等感を克服する形で自身の心理学説を打ち立てた。彼の基本的な人間観は「人間は、自分の行動を自分で決められる」という「自己決定性」(p26)を尊重するものである。
また、フロイトの心理学が、人間の行動の因果関係を追求し、病的な行動の原因を追究し、それを性的要素に求めたのに対して、アドラーは「人間の行動には原因があるのではなく、未来の目的があるという考え方」(p32)を採用し、原因ではなく、対象者の主体的な目的のあり方を問題にした。岩井氏も指摘するとおり、「人間の心は、自然科学とは異なる」(p34)のである。
さらに自然科学では、観察対象をいくつかの要素に還元して分析するが、この点でも、アドラーは「人間は『部分』に分けられない。『全体』からとらえなければならない」(p35)とした。
アドラー心理学の特質が非常にコンパクトに述べられており、大変に参考になる。岩井氏が進める8つの習慣についても、具体例やエピソードが挙げられ、仕事における悩みの解決に対して即効性のあるアドバイスが満載されている。中身の詰まったとてもよい本だと思う。